2021年07月30日 00:00
ブルー・ベルベット
とある大学生ジェフリーの好奇心が招いた、ギャングの世界への危険な誘いと、妖艶なブルー・レディの異名を持つドロシーの肉欲への導き、がある。ジェフリーは至ってまともな若者であるから、半ば、強姦のように肉体的に搾取されるドロシーと、その支配者である、ギャングのボス、フランクとの間でトラブルが起き、生命の危険をすら感じる圧力を受ける。ドロシーはまだ花の盛りであり、まだ幼い息子を人質に取られ、フランクに脅迫され続けて居る。果たして、ジェフリーはダークサイドの愛を抱いたドロシーを救う事は出来るのか。
デヴィッド・リンチ流、と言うべきか、ジェフリーの眼前には、二つの道が開けている。一方を、竜の道だとすれば、もう一方は羊の道、かも知れない。或いは、普通の人の平凡な暮らしにもドラマがあるを認めるなら、虎の道、が世界の本質や裏面を暴く、対比の鋭さがリンチのお家芸とも言えよう。
とにかく、苦難極まりないギャングに肉薄するのが前者だとして、ドロシーを助けるには様々な困難がある。ジェフリーはノーマルな若者だから、林の中で見付けた人間の耳を、学友サンディの父であり刑事ジョンに渡すが、これが、アブノーマルな世界への手招きになる。つまり、羊の道、はストーリーの序盤早々に、芽が断たれると言う事だ。
ジェフリーには、二人とも大切な女性であり、ドロシーとサンディのいずれと結ばれるかを選ぶ事によって、アブノーマルか、ノーマルか、いずれの世界に舵を取るかの選択肢は権利としてある。だから、本能によって欲望を感情に転換するには、ノーマルで清純なサンディとの恋路にも、乱れやセクシャルな葛藤、痴話喧嘩は付き物だろう、と言う事。本能が生きる事ならば、支配された、半ば性の奴隷と化した、眠りのブルー・レディに生きる、を導き、妖艶な出逢いに報いたい、とジェフリーが考えるのも、一つの欲望を叶える選択肢ではある。
そして、選択肢を取り、いびつな青春時代のシークエンスを進める事は、主人公たるジェフリーの特権ではあるが、本作のような良質なサスペンスには、主人公が翻弄される、更には、死ぬ可能性もあるし、平和博愛には行かない展開がある。具体的には、ジェフリーが一方的にマンションを訪れる、ドロシーと逢瀬を重ねる事により、精神的には救って居るのだ。
その行動には、欲望がベースとなって居たとしても、心にはプラトニックがあり、ジェフリーの若い四肢と肉体に宿る清純さから、決して溺れない事は、彼らの強さを表わすものでもある。だが、性に依存性を持ちながら、ドロシーも決して弱い女性で無いのは、心が奪われないからで、クスリ漬けの危険なフランクが彼女から奪うには暴力に頼る他なく、フランクは力に依存性を抱いている。
だが、その蛮勇、ドロシーに対してDV愛をすら超えた、有無を言わせない行動によって、全てを奪おうとした。これが、ストーリーの大きな転換点に成って居る。いずれにしても、リンチ作品は複雑にして多重なので、このように、プロットをシンプルに批評してもストーリーのネタバレでは無い、と思う。
ともあれ、謎が多く、真実に脚色を加えて、優れた演出や反計を多用した技は見事としか言いようが無く、堂に入って居る。
個人的に、世界を変える、とは、全体にでは無く、自分の身近にあり、縁ある一握りの人々への恩恵や感情を守ると言う事だと思う。だから、手練のジョン刑事も、序盤、ただの耳の欠けらを渡した時とは異なり、ジェフリーが闇に踏み込む決定的な証を掴んだ時には、不吉な予兆に顔色を変えるのを隠さないのだ。ジョンは愛娘サンディにも慮って慎重に成って居るからだが、つまり、ジェフリーにはそれだけの危険な試練が降りかかって居る。常人ならば、そんな火中の栗を拾う事はしないだろう。更には、火種を刺激する事によって、危険な物事は急速に展開して、行く処まで行く、と言う事で、避けねば成らない厳しさがあるのは、火薬庫を抱えて居るものの、その火種の消し方は、破壊と再生、で言えば、バランスが新たな生活の突破点に成るのでは無いか。